一番弟子

私には数人の弟子がいます。
弟子と言ったら聞こえが良いかも知れませんが、一緒に仕事した仲間・・・
と言った方が的確かも知れない。
私は、数年の修行期間を経て、独立しました。
バブルが弾けたばかりの頃で、まだまだ内装業界は忙しかった。
1人でやっていて、とても手が回らない。
仕事を断りたくない。もっと色んな仕事をやってみたい。
仕事自体、沢山あったので、人が欲しかったんですね。
そんな時、1人の若者が私と一緒に仕事をしたいと、言って来てくれました。
ずっと続けて来た草野球チームに、新加入したばかりの19歳の青年です。
嬉しかったですね。直ぐに採用・・明日からでも来てくれ!って感じ。
ただ、親元を離れ1人暮らしの若者。
私は丁度新婚で、昼は毎日弁当を作ってもらってた。
2人で現場へ行って、私だけ弁当食べてるのが心苦しくて、その子の分も一緒に弁当作ってもらう
ようになりました。
新婚でいきなり弁当2個作る事になり、奥さんには苦労かけました。
2人共草野球は続けてました。
昼休みには空き地があればキャッチボール。
時間があればバッティングセンターへ行ったりしました。
私達のチームは、地元では結構強くてね。
彼も中学高校と、かなり有名な選手だったようです。
なので彼の人脈で、野球上手い子が沢山入って来て、元々強かったチームが更に強化されて行きました。
私なんかは下手くそなんですが、彼らのお陰で何度も優勝したり、随分良い思いをさせてもらった。
仕事も真面目によく頑張ってくれた。
何しろ覚えるのが速く、勘が良くて体力もある。
うちに5~6年ぐらいいたと思いますが、スピード勝負したら敵わなかったですね。
私もまだ若かったし、弟子と言う感じじゃない。
最初の相棒・・・って感じでした。
その後、彼は独立し、会社も大きくして成功して行きます。
少年野球の監督になり、大好きな野球や子供達と、とことん触れ合ってました。
そうそう。小学校のPTA会長を長年務めたり、私の知らない一面もありました。
私がブログに何度も書いている、ヤマ美連合。
新年会や暑気払いをやってます。
その際には、毎回締めの挨拶をしてもらってました。一番弟子として。
私は最初の相棒と思ってたけど、いつも「一番弟子」というのを嬉しそうに言ってくれてました。
涙が溢れて来ます。 思い出が沢山あります。
その彼が、先日亡くなりました。
癌でした。
最後に会ったのは1ヶ月程前。
痩せて弱ってたけど、しっかり話も出来ました。
それが、せめてもの救いだと思います。
54歳。
まだまだやりたい事。やらなきゃいけない事が沢山あったでしょう。
悔しかったと思います。
でも、辛い闘病生活も終わりです。
ゆっくり休んで欲しいと思います。
お疲れ様でした。
やすらかに。



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