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一番弟子

執筆者の写真: Yamazaki Yutaka
Yamazaki Yutaka
10月14日
読了時間: 3分

私には数人の弟子がいます。

弟子と言ったら聞こえが良いかも知れませんが、一緒に仕事した仲間・・・

と言った方が的確かも知れない。


私は、数年の修行期間を経て、独立しました。

バブルが弾けたばかりの頃で、まだまだ内装業界は忙しかった。

1人でやっていて、とても手が回らない。

仕事を断りたくない。もっと色んな仕事をやってみたい。

仕事自体、沢山あったので、人が欲しかったんですね。


そんな時、1人の若者が私と一緒に仕事をしたいと、言って来てくれました。

ずっと続けて来た草野球チームに、新加入したばかりの19歳の青年です。

嬉しかったですね。直ぐに採用・・明日からでも来てくれ!って感じ。


ただ、親元を離れ1人暮らしの若者。

私は丁度新婚で、昼は毎日弁当を作ってもらってた。

2人で現場へ行って、私だけ弁当食べてるのが心苦しくて、その子の分も一緒に弁当作ってもらう

ようになりました。

新婚でいきなり弁当2個作る事になり、奥さんには苦労かけました。


2人共草野球は続けてました。

昼休みには空き地があればキャッチボール。

時間があればバッティングセンターへ行ったりしました。

私達のチームは、地元では結構強くてね。

彼も中学高校と、かなり有名な選手だったようです。

なので彼の人脈で、野球上手い子が沢山入って来て、元々強かったチームが更に強化されて行きました。

私なんかは下手くそなんですが、彼らのお陰で何度も優勝したり、随分良い思いをさせてもらった。


仕事も真面目によく頑張ってくれた。

何しろ覚えるのが速く、勘が良くて体力もある。

うちに5~6年ぐらいいたと思いますが、スピード勝負したら敵わなかったですね。


私もまだ若かったし、弟子と言う感じじゃない。

最初の相棒・・・って感じでした。


その後、彼は独立し、会社も大きくして成功して行きます。

少年野球の監督になり、大好きな野球や子供達と、とことん触れ合ってました。

そうそう。小学校のPTA会長を長年務めたり、私の知らない一面もありました。


私がブログに何度も書いている、ヤマ美連合。

新年会や暑気払いをやってます。

その際には、毎回締めの挨拶をしてもらってました。一番弟子として。


私は最初の相棒と思ってたけど、いつも「一番弟子」というのを嬉しそうに言ってくれてました。

涙が溢れて来ます。 思い出が沢山あります。



その彼が、先日亡くなりました。

癌でした。


最後に会ったのは1ヶ月程前。

痩せて弱ってたけど、しっかり話も出来ました。

それが、せめてもの救いだと思います。


54歳。

まだまだやりたい事。やらなきゃいけない事が沢山あったでしょう。

悔しかったと思います。


でも、辛い闘病生活も終わりです。

ゆっくり休んで欲しいと思います。


お疲れ様でした。

やすらかに。









 
 
 

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